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AIで苦情対応を支援するときは、申立ての内容、要求の仕方、担当者が置かれた危険を分けて確認します。怒っているという理由だけで苦情を退けず、正当な請求があるという理由だけで威迫への対応を続けさせない設計が必要です。落ち着いた説明を作る処理と、交代・退避・上位者への引き継ぎを始める手順を、別々に用意します。
苦情の正当性と、要求の仕方を一つの評価にしない
「対応が悪い。二重に請求されている」と訴える顧客に対して、AIが「怒りが強いので対応終了」とだけ表示すると、請求の誤りを調べる機会まで失います。一方、「苦情には理由があるので、担当者は納得するまで話を聞く」と指示すれば、担当者の安全を後回しにしかねません。
日本のカスタマーハラスメント防止指針は、職場での顧客等の言動について、事業主が雇用する労働者の業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超え、その言動によって労働者の就業環境が害されるという三つの要素が全て揃うものと説明しています。判断では言動の内容と手段・態様を総合的に見るとし、一方だけが社会通念上許容される範囲を超える場合も該当し得るとしています。ただし、正当な申入れまでカスハラに含めるものではありません。
窓口のAIには、人を「良い顧客/悪い顧客」と分類させるより、次の情報を別欄に整理させる方が判断を追いやすくなります。
- 申立て:何が起き、何を求めているか。注文・契約・明細など何と照合するか
- 言動:どの発言や行動が、いつ、誰に向けてあったか。引用と担当者の受け止めを区別する
- 安全:接触や物を投げる動作など、今その場で保護を優先する事情があるか
- 未確認:前の応対、記録の欠落、聞き取りの誤りなど、判断に足りない情報は何か
丁寧な言葉であっても、商品と無関係な利益を要求している場合があります。逆に、強い語調、訛り、話す速さ、障害の有無、国籍などの属性だけでは、要求の不当性を決められません。AIの感情スコアを、受付拒否や利用停止の決定へ直結させないようにします。聞き取りが難しい場合は、筆談など本人が使える確認方法を検討します。現場で何が起きているかを確認する責任は、人の側に残ります。
現行制度と、顧客の権利を一緒に確かめる
2026年10月19日時点、日本では改正労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント対策の措置義務が同月1日から施行され、令和8年厚生労働省告示第51号の指針も同日から適用されています。厚生労働省の改正法特設ページで現在の案内を確認できます。
従来の資料との時点差にも注意します。2025年の厚生労働省参考資料は2022年作成の企業マニュアルと当時の望ましい取組を紹介していますが、それだけで現在の義務の有無を判断することはできません。AIに与える社内手順は現行制度と照合し、参照版と確認日を付けて更新します。
また、対策を理由に消費者の権利を一括して制限しないことが重要です。障害を理由とする差別をしないよう求めることや、社会的障壁を取り除く配慮を求めること自体はカスハラに当たりません。合理的配慮には過重な負担でないことなどの条件があり、具体的な対応は事情に応じて検討します。厚生労働省の新ルール解説も、この点を説明しています。
以下は店舗窓口の設計例であり、個別事件の法的判定ではありません。医療や公共性の高いサービスなどへ使う場合は、サービス提供に関わる法令や、中断が生命・健康に与える影響も確認してください。一般の店舗向けの応対終了ルールをそのまま転用せず、法務や業務の責任者に適用条件を確認します。
同じ二重請求の申立てで、威迫の有無だけを変える
架空の店舗窓口を考えます。顧客は「一回の購入なのに明細に同じ金額が二つある。確認して余分な請求を取り消してほしい」と申し出ています。明細は提示されていますが、店舗側の決済記録との照合は未完了で、返金も未承認です。AIは担当者向けの整理と応答案を作り、請求取消しや通報を実行しないものとします。
比較では、この取引と資料、申立て、権限を固定し、担当者への威迫が加わるかだけを変えます。
| 確認・対応 | 威迫のない申立て | 同じ申立てに担当者への威迫が加わる場合 |
|---|---|---|
| 事実確認 | 明細と決済記録を照合し、二重請求か確認する | 同じ照合を残す。威迫だけを理由に請求調査を取り消さない |
| 沈静化の応答 | 困りごとを受け止め、確認する資料と次の説明を伝える | 安全に伝えられる状況なら、請求の確認は続けることと、脅す言動には応じられないことを短く伝える |
| 担当者保護 | 通常の応対体制で進め、本人が不安を感じたら相談できる | 単独対応を続けさせず、現場責任者への交代や安全確保の手順へ移る |
| 引き継ぎ | 取消しの判断など、権限が必要な段階で担当へ渡す | 安全対応を先に引き継ぎ、請求調査の担当と連絡経路も残す |
威迫がある場合でも、直ちに返金を約束して場を収めるのは別の問題を生みます。不便を受け止める言葉と、事実・責任・補償を確定する言葉を分け、承認前の補償は約束しません。また、申立てが未確認であることは、虚偽の苦情だと判断する根拠にもなりません。
落ち着いた文面と、安全のための操作を分ける
De-escalation(沈静化)は、対立や興奮を悪化させず、話を進められる状態を目指す対話上の働きかけです。英国の労働安全衛生当局HSEは、穏やかで明確な話し方、相手の話を聞くこと、言い争いを避けること、代わりの解決方法を示すことなどを沈静化の例に挙げています。これは日本の法的要件ではなく、応答設計の参考です。
上の架空例で「今すぐ返せ。担当者を殴る」と言われた場合、問題のある表示は「カスハラ判定。苦情を終了しました」です。この表示では、何を止めたのか、請求調査も終わったのか、担当者は助けを呼べたのかが分かりません。
担当者向け画面は、例えば次のように分けます。
- 請求の申立て:受付済み。決済記録との照合は未完了。返金未承認
- 安全上の確認事項:「担当者を殴る」との発言を記録。現場の危険は担当者が確認
- 対応:単独応対を中断し、現場責任者への交代を要請
- 引き継ぎ状態:要請済み/受理済み/担当者未確定を区別して表示
顧客へは、安全に説明できる状況で「請求の確認は引き続き行います。担当者を脅す言動があるため、この場の応対は責任者に交代します。確認結果の連絡方法をご案内します」と伝える案が考えられます。受付済みという表示も、交代するという説明も、実際の記録と体制がある場合に限ります。未送信の引き継ぎ案を作っただけなら「責任者に連絡済み」と表示してはいけません。
目前の暴力や切迫した危険がある場合は、長い説得や定型文の読み上げを優先せず、退避・応援要請・必要な緊急通報を定めた手順に従って行います。AIの判定が出るまで待たせず、担当者自身が安全対応を始められるようにします。その場の会話を止める判断と、請求の確認や異議申立ての経路を残す判断は両立します。AIが穏やかな応答案を出せたことを、安全が確認された印にしてはいけません。
引き継ぎ後も、申立てと担当者の状態を追う
人への引き継ぎでは、苦情全文を無差別に共有するのではなく、元の要求、確認できた事実、未確認の資料、具体的な言動、今の安全措置、次の担当と連絡方法を、対応に必要な相手へ渡します。AIの要約には原記録への参照を付け、担当者が発言の取り違えを直せるようにします。顧客の診断名や性格をAIに推測させる必要はありません。
責任者が受け取っていないときは、元の担当者へ自動的に応対を戻さず、あらかじめ決めた代替連絡先を使います。AIが停止していても利用できる呼出し手段も必要です。被害を受けた担当者の休息や相談の機会、交代後の負担を確認し、沈静化できなかったことだけを本人の失敗として扱わない運用にします。新指針は、上位者への報告、可能な限り一人で対応させないこと、交代や被害者への配慮などを対処の例として示しています。
請求の誤りが後に確認されたら、その訂正手続を進める一方、威迫への安全対応の記録は別に扱います。威迫の記録が誤っていた場合も、応対記録とそれに基づく制限を人が見直します。情報の閲覧者と保存期間を定め、録音などは適用法令・社内規程に従って扱います。
表示を読んだ人が、次の行動を選べるか確かめる
導入前には、この架空の二条件を使って画面と応答案を照合します。ここで示した応答は提案であり、実機試験や沈静化の効果測定を終えたものではありません。
顧客に示す画面や案内には、調査の対象、次の窓口、記録の訂正を申し出る方法を載せます。顧客役には「何の調査が続くのか」「誰からどう連絡が来るのか」「事実の誤りをどこへ伝えるか」を説明してもらいます。担当者役には「今すぐ離れてよい条件」「交代が受理されたか」「受理されない場合の連絡先」を画面から探してもらいます。説明できない点があれば、表示や実際の連絡体制を修正してから再確認します。
さらに、威迫のない強い苦情、穏当な言葉の不当要求、聞き取りに誤りのある記録も用意します。危険を見落とすこと、危険のない申立てを誤って止めること、危険を捉えた後に正当な請求調査まで止めることを、別の問題として記録します。語調や属性だけを変えた比較で扱いが変わったら、判断根拠を人が調べます。正当性や危険の有無を決める材料が足りなければ「未確認」として人へ渡し、未確認のまま自動拒否に進めないことも確かめます。
これらの確認には、現場担当者と責任者が参加する時間、代替窓口を維持する人員、記録を訂正する手間がかかります。文面を穏やかにするだけで済ませず、担当者が保護され、申立ての確認先も実在する状態まで確かめることが、導入の判断材料になります。
サポート窓口のAIで人へ引き継ぐ基準は「カスタマーサポート担当向けAIアシスタントの安全テンプレート」で解説しています。
出典・参考資料
- 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」(確認日:2026年10月19日)
- 厚生労働省 あかるい職場応援団「改正労働施策総合推進法等特設ページ」(確認日:2026年10月19日)
- 厚生労働省「ハラスメント対策関係の参考資料(第87回雇用環境・均等分科会 参考資料3、2025年11月17日)」(確認日:2026年10月19日)
- 厚生労働省「従業員を守るために ─ カスタマーハラスメント対策の新ルール」(確認日:2026年10月19日)
- 英国Health and Safety Executive「How employers can protect workers from violence and aggression at work — Control measures to prevent violence and aggression」(確認日:2026年10月19日)

